| 2年次 |
ピアノの先生と声楽の先生が一人ずつ組んで、教えて下さいました。
ピアノ専攻の学生が20人位ずつ、各教室に分かれて授業が行われました。
この授業は声楽の先生に歌っていただき、私たち学生がそれに伴奏を付けるというものでした。
主に、イタリア歌曲とドイツリートが授業課題で、1曲につき、5人位ずつ当たりました。
勉強した曲(忘れて抜けている曲もあるかもしれませんが・・)
★イタリア歌曲集1.より Sento nel core (私は心に感じる)
Lasciar d'amarti (あなたへの愛を捨てることは)
O del mio dolce ardor (ああ 私のやさしい熱情が)
★ドナウディ O del mio amato ben (ああ 私の愛する人の)
★トスティ Segreto (秘密)
★モーツァルト Als Luise die Briefe ihres ungetreuen Liebhabers verbrannte
(ルイーゼが不実な恋人の手紙を燃やしたとき)
★シューベルト Lied der Mignon (ミニヨンの歌)
Gretchen am spinnrade (糸車に倚るグレートヒェン)
★シューマン Frauenliebe und Leben (女の愛と生涯)
■Sento nel core ■
(私は心に感じる)
初めての伴奏法の授業で扱われた曲です。今までの感覚が180度ひっくり返るほどの衝撃を
受けました。1人でピアノを弾く時のやり方がまるで通用しないのです。音のバランスの取り方も違う、テンポの作り方も違う、
声楽家が呼吸している時の間の取り方も1回1回違う・・・。
なにより、歌詞があるので、その発音にあわせて弾くことが必要になってきます。きちんと子音の発音を耳で聴いた後、母音が発音されるときに音を
当てなければならないし、そのためには伴奏者は弾き歌いが出来なければならないのです。
また、ピアノ独特の演奏癖を出さないようにしなければなりません。ピアノという楽器は打鍵された瞬間から音が消えていくもの
なので、伴奏部分でそれをカバーしようとしてしまう癖があるのです。しかし、弦・管・声楽は音は自分で消さない限り消えないのです。
故に、この演奏法は打楽器以外には必要のない(というより、邪魔になる)
ものなのだと言うことをあらためて思い知らされました。理屈で考えればあたりまえのことなんですけれどね。
それにピアノ弾きはストレッタのところで、無意識にテンポが走ってしまう・・・!
■Als Luise die Briefe ihres ungetreuen Liebhabers verbrannte■
(ルイーゼが不実な恋人の手紙を燃やしたとき)
この曲はドイツリートで、1番最初に扱った曲。私はこの曲に当たっていました。
この時点で、声楽実習の方がまだドイツリートに入っていなかったため、ドイツ語の勉強がほとんど出来ていませんでした。
ということで、不安材料いっぱいのレッスンとなってしまったのです。(勉強の仕方がわかっていなかった。)
この曲は強弱の付け方が派手で、フォルテ→ピアノ→フォルテと、急激に変わっていくのです。しかも、どんなときでも
激しさを失ってはいけないのですが、バランスがまだ良く飲み込めていなかった私は、全体的にかなり押さえ気味な伴奏を
していたようです。
ちっとも盛り上がらない!とおそらくピアノの先生がいらいらしていた時、ちょうどクレッシェンドから
フォルテに移る、一番の山場にさしかかったのです。そこでついに、『ある日の一言談』でも述べたあの一言、
「燃え尽きよ、滅びよ、と言う歌詞なのに、貴女の弾き方では燃えかすが残りそうだわ!」
が飛び出したのでした。
この授業で1番大変だったのは、声楽の先生です。生徒に合わせて、何回も途中から歌い直しをさせられるわ、
ひとコマ(90分)ずぅ〜っと声を出しっぱなしだわ・・・。授業が終わると、先生の声はガラガラでした。
ありがたくも、申し訳ない話です。
伴奏するときはほんっとうに、よく勉強しておかないといけませんね。はい。
試験は1年間の授業で扱った曲の中から自分で2曲を選び、その内、先生に指定された1曲を伴奏しました。
伴奏した曲・・・シューマン Frauenliebe und Leben (女の愛と生涯)より、
Du Ring an meinem Finger (汝、私の指にはめられている指輪よ)

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